
縄文から続く奄美文化伝える
奄美市笠利町の宇宿貝塚史跡公園は22日、リニューアルオープンした。
「デジタルで蘇る縄文・中世の暮らし」をメインテーマに、大型プロジェクションやVR(バーチャル リアリティ)、AR(拡張現実)を駆使するとともに、体験コーナーにより、縄文時代から続く奄美の文化を伝える「観光拠点」及び「SDGs発信拠点」に生まれ変わった。
オープンセレモニーで、安田壮平市長は「観光の新たな拠点となるとともに、市民の憩いや交流、学びの場として親しまれ、地域に根差した場所となることを願う」などとあいさつした。
オープニングセレモニーには、安田市長、向美芳教育長、栄ヤスエ奄美市議会副議長のほか、工事関係者や観光ビジネスの授業で課題や取り組みなどを提案した大島北高校情報処理科の生徒代表など多くが出席。
唄者の楠田莉子さんの祝い唄「長朝花節」がオープニングを飾った。
検討委員会や工事関係者に感謝状が贈られた後、テープカットが行われた。
セレモニー後、出席者は見学し、生まれ変わった施設内を体験した。
同施設は、1933年に発見され、奄美群島で初めて本格的な発掘調査が行われた国指定史跡「宇宿貝塚」を整備し、2004年2月9日に開園。縄文時代の石組竪穴建物跡や中世のⅤ字の溝状遺構、土坑墓など各時代の生活面を調査当時のまま保存、公開してきた。
昨年8月1日から休館し約9か月の工事期間を経て、「デジタルで蘇る縄文・中世の暮らし」「観光拠点」としてオープン。①幅約24㍍の大型プロジェクション②VRで体験する縄文の暮らし③ARで蘇る縄文・中世④発掘調査体験コーナーなどデジタルを駆使し、長時間滞在できる施設となった。
21・22年に宇宿貝塚の恒久的保存と将来的な活用と整備に関する「宇宿貝塚保存活用計画」を策定。24年度に、「SDGSの発信拠点」として、ハード面ではワークスペースの整備や照明設備の更新、ソフト面では展示パネルやガイドブック、Webサイト、プロモーションビデオの作成などの第1期リニューアル工事を施工してきた。
地主同意など携わる 奄美最初の国史跡・宇宿貝塚
前田篤夫さん「現在の生活の原点」 元笠利町助役・社会教育課長歴任

宇宿貝塚が国史跡となり、史跡整備に向けて土地の買い上げなどに取り組んだ前田篤夫さん
(22日、奄美市笠利町宇宿の自宅)
22日に奄美市笠利町の宇宿貝塚史跡公園がリニューアルオープンしたが、同貝塚は奄美群島で最初の国指定史跡だ。
旧笠利町は指定地の全面的な買い上げを行い発掘調査、その成果として出土した縄文時代の遺構(生活跡)などを、当時では珍しい覆い屋根構造にして発掘時の状態のまま保存・公開した。
調査を担当したのは奄美の考古学研究の第一人者だった中山清美さん(故人)だが、土地買収にあたり地主同意などに尽力したのが元笠利町助役(現在の副町長)で教育委員会社会教育課長などを歴任した前田篤夫さん(92)。
宇宿集落在住で、貝塚について「現在の生活の原点。大事にして、関心・興味を今の子どもたちにも継承してほしい」と語る。
宇宿貝塚は縄文時代後期からグスク時代まで続く複合遺跡。
発掘調査により石組住居、宇宿上層・下層式土器、Ⅴ次溝などの出土のほか、人骨も確認。
弥生時代後期の壮年女性と新生児の合葬例、類須恵器(カムイヤキ陶器)を頭部に副葬されたグスク時代の乳児骨一体、10世紀前後とみられる陶質土器に入った焼骨(南島初の蔵骨器人骨)、グスク時代層から1・5歳(18か月)前後の幼児骨一体などの出土で、南島の形質人類学研究でも貴重な資料とされた。
小高い砂丘台地上に立地するが、発見(1933年)したのは京都大学の三宅宗悦博士=人類学・考古学、医学博士=。
前田さんは「道路拡張の際に遺物包含層が見つかり、三宅先生が調査が必要と判断された」と記憶する。
20代前半、青年団活動をしながら貝塚に興味を持ったという前田さん。
鹿児島大学の考古学研究者により発掘調査が行われたが、調査には校区の大島高校生も参加。
「ちょうど夏休みの頃だった。5~6人が参加し、出土した貝殻などを洗い、遺物包含層別に番号を付けていた。私も作業に加わった」と振り返る。
富国製糖勤務後に役場に採用されたことから、「当初は糖業を担当し主に農政畑を歩んだが、まさか教育委員会で勤務するとは思わなかった」と語った前田さん。
考古学専門の学芸員として町教委・歴史民俗資料館に勤務した中山さんについて「当時は開発が多かったこともあり埋蔵文化財調査が盛んだった。
遺跡調査は中山君が担当したが、その事前段階の地主の許可取り付けを担った。
調査により人骨が確認されると警察に報告しなければならない。
『新しいものなら警察として関わるが、遺物包含層から出土したものなら古いから呼ばなくていい』と言われたことを覚えている」。笑みを浮かべた。
地主交渉の経験は宇宿貝塚の国史跡化に伴い、史跡整備に向けて町の土地買い上げでも生きる。前田さん自身も地主の1人で、前田さんを含めて地主は7人。
毎晩のように前田さんの自宅に集まり、話し合いにより納得してもらい同意を得たという。
「地元に不在の地主が1人いた。関西方面の居住地まで出かけ説明し登記手続きを行い、全員の書類をそろえた」。
前田さんの奔走により指定地の全面的買い上げが実現し、発掘調査に基づいた史跡公園が誕生した。
前田さんは「役場を定年退職後は助役を8年間務めたが、宇宿集落の老人クラブの代表も兼ねた。笠利町には80余りの町指定文化財があり、県や国指定の文化財もある。たくさんの文化財があることから、老人クラブで指定文化財巡りを催したが、今の若い皆さんや子どもたちも文化財に関心を持ってもらいたい。関心・興味によってこそ大事にしようという気持ちになる。新しくなった宇宿貝塚史跡公園にも多くの人々が足を運んでもらえたら」。
役場職員時代、助役時代を懐かしみながら期待した。

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